はじめに
「回線速度より“配線経路”がボトルネックになることが多い」
光回線は契約と開通申込を済ませれば自動的に速くなるわけではありません。屋外の電柱や地中から家屋へケーブルを引き込み、宅内の所望の場所(リビングや書斎)まで“きれいに”通す必要があります。このとき最大のハードルになるのが壁や天井、床下の構造です。配線が通しやすい家なら標準工事の範囲で短時間に完了しますが、通しにくい家では追加費用や後日工事、最悪は希望位置まで通せないことも。本記事では、初心者にも分かりやすく「壁構造別の通しやすさ/通しにくさ」「実際に工事で使われるルート」「事前の確認ポイントと交渉術」を丁寧に整理します。
1. 壁構造の考え方と、光回線が通る“基本のルート”
光回線工事の基本は、①屋外引込(電柱・地中・共用配管)→②外壁貫通または既存配管→③宅内配線→④終端(光コンセント/ONU)という流れです。どこが難所になるかは家の壁構造と既存の配管状況で決まります。
1-1. 木造(在来工法・2×4)
- 通しやすさ:高い。石膏ボード+空洞(胴縁や間柱の間)にケーブルを落としやすく、天井裏・床下経由も取りやすい。
- 注意点:断熱材がびっしり入っていると探索に時間を要します。防音石膏ボードや合板二重貼りだと穴開けの粉塵も増えるため養生が重要。
1-2. 軽量鉄骨・鉄骨造
- 通しやすさ:中。間仕切りは石膏ボードが多く、空洞もあるが、軽量鉄骨のスタッドが金属のため貫通位置の選定に制約あり。
- 注意点:耐火被覆や気密層を貫く場合は適切なシール材で復旧が必要。梁・柱の位置によっては迂回が増える。
1-3. RC(鉄筋コンクリート)造・SRC
- 通しやすさ:低。コア抜きが必要になるケースが多く、標準工事外。集合住宅では共用部の既存配管(MDF~IDF~各戸MB)を使うのが定石。
- 注意点:管理規約やオーナー許可が必須。躯体へ新規穴あけ不可、外壁美観の観点で露出配線のみ許可などの条件が付きやすい。
1-4. 混構造・リフォーム済み
- 通しやすさ:まちまち。木造ベースにRCの基礎や増改築部が混在し、**壁の中の“途切れ”**が多い。壁裏の合板・配管・配線が予想外に密なことも。
1-5. “通しやすさ”を左右する共通要素
- 既存の弱電配管(CD管/PF管)の有無
- 天井裏・床下へ出入りできる点検口の有無
- 分電盤や情報分電盤の位置
- 外壁貫通が可能かどうか(防火・景観・雨仕舞)
- 部屋までの最短導線に段差や防音層がないか
2. 通しやすい家の条件:配線の“逃げ道”が用意されている
2-1. 情報分電盤(マルチメディアボックス)がある
新しめの戸建てや分譲マンションには、玄関近くやクローゼット内に情報分電盤が設置されていることがあります。ここに既存の弱電配管が集合しているため、屋外からここまで光を引き込み→各部屋へLANで分岐という理想的な構成が可能です。
2-2. CD管・PF管が各居室まで伸びている
直径16~28mm程度の可とう管が、リビングや書斎のプレート位置に通っていれば、宅内は配線通線ワイヤーだけで施工可。通線口に石こう粉が落ちている場合は塞がっていないサインです。
2-3. 天井裏・床下の“通路”が広い
天井裏に30~40cm程度の高さがあり、点検口から人が入れるとルート選択の自由度が高まります。床下も同様で、根太間にケーブルを這わせて別室へという手が取れます。
2-4. 壁材が加工しやすい
一般的な石膏ボード+クロスなら、スリーブを入れて気密復旧が容易です。化粧合板やタイル壁でも下地を避ければ対応できます。
3. 通しにくい家の特徴:硬い・詰まっている・許可が要る
3-1. RC造で既存配管が細い/満杯
築年数によっては既存の電話配管が細いメタル管一本しかないことがあります。既存のメタル線やCATV同軄で満杯だと、光ケーブルを追加で通せないことも。
3-2. 防音・断熱特化の壁
吸音材・グラスウール・ロックウール・遮音シート・二重石膏などが層状に入っていると、探査に時間がかかり、貫通箇所を増やせない場合があります。賃貸では原状回復の観点も強く、露出モール配線を提案されやすい。
3-3. 防火構造・準耐火構造
界壁や界床は貫通部の防火処理が厳格です。適切な防火区画処理(モルタル・耐火パテ・ケーブル支持金物)を行わないと不可。標準工事外の費用が生じます。
3-4. 外壁の意匠・景観制限
タイル・金属サイディング・左官仕上げなどで、貫通跡が目立ちやすい外壁は、室内側に引き込み口を移す必要が出ます。景観地区や管理規約で露出配線を嫌うケースも。
4. 具体的な配線ルートの選び方:戸建て編・集合住宅編
4-1. 戸建て:最短より“施工性と復旧性”を優先
- 屋外:電柱→引込金具→外壁高所で一度固定→スリーブ貫通。雨仕舞と見た目を両立。
- 屋内:情報分電盤または目標の部屋へ。天井裏経由が取れるなら一気に複数部屋へLANを敷設しておくと後が楽。
- 露出モール:原状回復が容易で賃貸やリフォーム前の暫定施策に向く。
4-2. 集合住宅:共用配管を使うのが基本
- MDF/IDF/PD盤→各戸メーターボックス→室内という既存ルートを辿ります。
- 勾配・曲率の厳しい配管では、通線ワイヤーや潤滑剤を使っても通らないことがあるため、光配線方式の変更(VDSL→光配線方式)や別経路を管理側と相談する必要があります。
4-3. 現場でよく使う“代替ルート”
- エアコンスリーブ流用:結露水と同居しないよう防水処理・気密処理を丁寧に。
- 電話用モジュラ配管の再利用:空いていれば最短。曲がりが多いと難しい。
- ベランダ経由:サッシ横をモールで立ち上げ、窓上から室内へ。
- 床下回し:和室やユニットバス周りに点検口があれば有効。
5. 追加費用が発生しやすい“要注意ポイント”
- コア抜き(RCの新規貫通):騒音・粉塵・振動が大きく、管理規約のハードルも高い。
- 高所作業:2階以上の外壁で足場・高所作業車が必要な場合。
- 長距離通線:配管の距離・曲がり数が多いと工数増。
- 防火区画復旧:材料費+手間が別途。
- 屋内化粧復旧:クロス補修・モール色合わせなど。
6. 工事前準備:これを揃えておくと成功率が跳ね上がる
6-1. 図面・写真・許可の“三種の神器”
- 間取り図・設備図:情報分電盤、コンセント、プレート位置をマーク。
- 現況写真:外壁、配管、ベランダ、エアコンスリーブ、天井点検口など。
- 許可書類:集合住宅なら管理会社・オーナーの許可。戸建てでも外壁貫通の可否を家族で合意。
6-2. 作業当日のレイアウト準備
- ONUやルーターを置きたい場所に電源タップを先に用意。
- ルート上の家具を30分で動かせる状態に。
- 養生をしやすいよう、床に小物を置かない。
6-3. 事前連絡テンプレ(コピペOK)
「〇〇市△△町の□□です。木造2階建て、築10年。外壁はサイディング、情報分電盤は玄関横にあり、CD管はリビング・書斎に通っているようです。希望は書斎のデスク下に光コンセント設置。エアコンスリーブは各部屋にあり、天井点検口からの配線も可能と思います。外壁貫通は家族合意済みです。難所があれば露出モールでも可。最短で通すより、きれいな仕上げを優先したいです。」
7. トラブル事例と回避策:現場で“詰まりやすい”のはここ
7-1. 既存配管が見つからない/途中で詰まる
- 回避策:ワイヤーカメラやトーンプローブで経路調査。どうしてもダメなら露出モールを潔く選ぶ。見栄えは後から塗装で整える。
7-2. 希望の部屋まで届かない
- 回避策:光は玄関近くで終端し、LAN配線で延伸。PoEスイッチやメッシュWi-Fiで実用性を確保。
7-3. 管理規約で外壁貫通NG
- 回避策:共用配管の空きを粘り強く探す。どうしても不可ならモバイル回線+据置ルーターを一時解。のちに配線方式変更で再挑戦。
7-4. 工事日が長引く/後日対応になる
- 回避策:現地調査(下見)を依頼し、難所の写真を送っておく。追加費用・日程の条件を事前合意。
8. 光コンセントの位置設計:今の暮らし×将来の拡張
8-1. 配置の基本
- 床から30cm前後のプレート位置は掃除とケーブル取り回しが楽。
- デスク上にONUを置くなら熱こもりと騒音を避け、足元なら蹴り防止とケーブル保護を徹底。
8-2. ルーター・Wi-Fiの電波設計
- 木造であれば家の中心寄りにルーターを置き、2.4GHzと5GHzを使い分け。鉄骨・RCでは中継器やメッシュが前提になることも。
8-3. 予備配管・ダークファイバー的発想
将来の移設を見越し、余ったCD管にナイロンロープを残しておくと次回工事が一気に楽になります。可能なら別室へLANも同時敷設し、引越しやレイアウト変更に強い宅内ネットワークに。
9. 費用と時間の目安(一般的な傾向)
- 木造・軽量鉄骨(標準工事内):1~2時間程度。追加費用は小。
- RC・配管再利用(標準工事+α):2~4時間。状況次第で後日。
- コア抜き・高所作業あり:半日~1日。管理手続きや近隣配慮が必要。
あくまで傾向です。現場判断と管理規約で上下します。
10. よくある質問(FAQ)
Q1. 賃貸でも光配線は可能?
A. 可能な物件は多いですが、原状回復と露出配線が条件になることが一般的です。退去時の撤去費用と復旧範囲を事前確認しましょう。
Q2. エアコンスリーブに通すのは危険?
A. 適切な防水・気密処理をすれば実務上よく行われます。ただし結露水が流れる経路と交差する場合は避け、別ルートを選ぶべきです。
Q3. どうしても配線が通らないときの代替は?
A. 光回線の終端を玄関側に置く+宅内は有線LANや電力線通信で延伸、あるいはモバイル回線の据置ルーターで暫定運用。将来の工事余地を残す構成に。
Q4. 追加費用はどこまで交渉できる?
A. 特殊作業(コア抜き・高所)は実費性が高く値引きは限定的。代替ルート(露出・別室終端)を提案し、仕上げと美観の優先度を共有するのが現実的です。
Q5. Wi-Fiだけ強化すれば配線は不要?
A. 物理的な配線は安定性と遅延で有利です。配線が難しい区間だけWi-Fi/メッシュで補完し、バックボーンは有線が理想。
11. 施工会社・管理会社とのコミュニケーション術
- 目的を明確に伝える:「書斎のデスク下でテレワークを安定化したい」など、使い方を具体化。
- 代替案を事前に用意:第一希望が無理でも第二・第三案を提示。
- 写真と言葉で共有:方角・距離・高さを添えて、図面に赤線でルートを仮描き。
- 期日と費用の合意:追加が出る条件と上限を先に取り決め、“後出し”を防ぐ。
12. まとめ:構造を知れば、最短で“快適なネット”に到達できる
配線の通しやすさは、家の骨格(壁材・配管・天井裏/床下の空間)でほぼ決まります。木造は自由度が高く、鉄骨は計画性、RCは既存配管の活用と許可取りがカギ。事前準備として図面・写真・許可をそろえ、第一~第三希望ルートを用意。現場では施工性と復旧性を優先し、光の終端は必要なら玄関側、宅内は有線LANやメッシュで補う。こうした順序で臨めば、追加費用ややり直しを最小化し、回線本来の速度を暮らしの中で引き出せます。あなたの家の構造を味方に、快適なネット環境を最速で手に入れましょう。